YAPC::Okinawa 2018 ONNASON そしてYAPCから貰ったもの

3月3日(土)にOISTでYAPC::Okinawaが開催されました。

id:anatofuzはブログ書いたりとか、当日の某アカウントの中の人をやっていたりと、なんとYAPC::Okinawaのスタッフをやっていました。当日はそのお仕事をしており、トークを集中して聞けなかったので後日スライドで補間していきます。なのでこのエントリではトークの感想はちょっとしか書いてないです…。許してつかーさい…。

今ブログを書いていて、なんとなくエモい気分になっているのでこのエントリではエモい話をします。

(というかこのブログではエモい話しかしていないのでは)

YAPC::Okinawaとの関わり

僕がYAPCをOkinawaですると聞いたのは、Perl入学式を受講している真っ只中だった。東京から id:ar_tama さんと id:nekokak さんが来ていて(当時はお二人のことは何も知らなかった) 居酒屋でYAPCする? みたいな話になったと思う。

あの時はPerlは好きだったけど、まさか自分がスタッフをする事になるとは思っていなかった。

その後FukuokaのMTGに参加させていただいたりとか、JPA側のOkinawa担当の平子さん方と決起集会をしたりなどした。 JPAの皆さんからしていただいた事以上の事は返せなかったと思っているけど、非常に有り難い経験をさせて頂きました。ありがとうございます。

沖縄で普段はコアメンバーとして、沖縄-東京をGoogleハングアウトで接続してMTGを行ったりした。基本はインターネットの人なので、twitterとかブログなどを担当していた気がする。

個人的な思い

過去のエントリにも書いたとおり 色々な経験をした結果「ウッ」っとなってしまうことが多発していて、特に年明けは最悪だった。他にはPerlの某企業からお祈りされたことなどもある。

大学に行くこともできなくなり、カウンセリングと病院に連行され、ついた名前は双極性障害である。完全にウッをしてしまった。

YAPC::Okinawaのslackでは来来月に差し迫ったYAPCの準備でwebサイトを更新したりとか、ブログを書いたりしなければならないのに、何もすることが出来なくなってしまった。

全てに対して後ろ向きで、Perlの事も好きではなくなりそうだった。僕はPerlが好きだけど、Perlは僕のことが好きではない感じがした。

そんな中、僕の代わりの仕事をしてもらったのは id:codehex さんであり、 id:sorehaedamame さんであり、 id:touba_rumba さんであり @selaさんだった。

通院もしたけれど、Okinawa.pmの皆さんを初めて、Perl入学式でもお世話になっている id:karupanerura さんやid:papix さんや id:gomayumax さんや Twitterでの友人である id:kaoru1615 くんから前向きになる力を貰えた。

YAPCの準備は確かに大変だったけど、人々が支え合っている事を知れたし、僕もその人々の中に居ることができたのが本当に嬉しかった。

準備をしていく中で段々と前向きにまたなることが出来て、Dockerを使ったwebアプリをちょっと書いて見ることが出来た。Slackbotも作ることができた。久々にAcmeモジュールをリリースすることも、webservice名前空間のモジュールをリリースすることもできた。バイトを始めることもできたし、出来ることが増えていった気がする。

僕はYAPCを通して、再びPerlのことが好きになれた。 Perlは僕に書かれたくないのではなくて、僕がPerlを拒否していただけだった気がした。

再び好きになったPerlには大好きなシジルが輝いて見えた。

当日

前にも書いたけど、当日はリソースが追いつかない感じがあってちゃんと聞いたトークはあまりなかった。

それでも、あの初心者にも、Perlを書いてない人にも、そして熟練のPerlMongerの全ての人が楽しめるトークだったとは思っている。スピーカーの皆さん本当にありがとうございました。

個人的には id:papix さんのLTで「思いは言葉に」というのが印象に残っていた。id:note103 さんのトークPerl入学式のメンバーとしてはこの沖縄でやっていただいた事がとても嬉しかった。

また、書いておきたいのは id:unimarimo がしたLTは、ちょうど去年僕がKansaiでしたLTを彷彿とさせていてエモい気分になった。

あの時は id:papix さんや id:codehex さんから渡されたバトンだったけど、僕も渡せているのかな。そんな気がした。

最後に

僕はYAPCは人を変えるイベントだと思っている。

id:codehex さんが言うとおり

開催するからには、僕らが感動したあの YAPC のように、誰かの何かしらのきっかけになって欲しいと強く思っていました。

YAPC::Okinawa 2018 を終えて - YAPC::Japan 運営ブログ

だから個人的には鬱陶しいかもしれないけど、沢山の人をYAPCに誘った覚えがあるし、 id:unimarimo にはボランティアスタッフの他にLTを進めた。それは僕がYAPCと出会ったあの経験があるからだった。

初めてのYAPCであるYAPC::KansaiでYAPCに来るエンジニアの方々の業績や、トーク内容もわからないことが多いのにLTをしたあの日から、僕の人生は変わったと思う。

当然サクセスストーリーだけではなく、大きな挫折やウッを経験してしまった事もある。毎日が楽しいだけでなくて、「俺は一体…」となることや、コードを眺めて何も手が動かず数分たったこともある。

それでもKansai,Fukuokaのあの時から僕は一歩進めたし、最後のスタッフ撮影で写真に取ってもらう事に対して後ろめたさのようなものが無くなった。完走できたかどうかはわからないけど、やりきった気はした。

YAPC::KansaiでPerlが一番好きになって、YAPC::FukuokaでPerlMongerの一員に慣れた気がして、YAPC::Okinawaでもう一度Perlと向き合う力を貰った。YAPCは常に何か僕に力をくれる気がした。

そんなYAPCと少しでも関われたのは嬉しかったし、誇りに思っている。

YAPC::Okinawaに関わった全ての皆さんありがとうございました。

さて、エモい話はここまでにして、次からは手を動かしたいと思う。

次のYAPC::Tokyoではトークをしようと思うので、(採択されれば)皆さんよろしくお願いします。